2012年8月25日土曜日

各道府県で有害図書指定に利用されている「包括指定」についてまとめてみた

とりあえず包括指定って何?

 これまで東京都の不健全指定(東京都では「有害図書」とは呼ばない)のみを扱ってきましたが、これは東京都の青少年課が個別に選定した図書を審議会への諮問を経て知事が指定する「個別指定」と呼ばれる手続きです。
 これでは毎月大量に発行される図書に対して、いちいち事務局による選定→審議会による審査という手続きを選んだ図書の数だけ経なければならないことになります。東京都のような大きな自治体ならともかく(東京都もそんなに人を割いているように見えませんが毎月審議会開いてるだけマジメ)、他の道府県ではあまり時間と人のリソースを割けないケースが見られます。しかし条例の目的として有害図書を指定しなければその効果を疑われてしまうわけです。
 そこで、個別指定とは別に「有害図書」を定義してその定義を満たしたものを自動的に「有害図書」にしてしまうという方法が取られています。これにも方法が2つあって、一つは図書や映像を発行している団体(自治体によっては知事の認定が必要)による自主規制によってこの図書や映像が青少年向きでないと表示されている(いわゆる18禁表示)ものは自動的に有害図書であるとする「団体指定」、そしてページ数や映像の占める時間など、数値で有害図書を自動的に判定する「包括指定」があります。

包括指定は条例でどんな風に表記されているのか?

わかりやすいもので高知県の高知県青少年保護育成条例の該当部分を抽出すると以下のように書かれています。

(有害図書類の販売等の規制)
第11条 知事は、図書類の内容の全部又は一部が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該図書類を青少年に有害な図書類として指定することができる。
(1) 著しく青少年の性的感情を刺激し、青少年の健全な育成を阻害するおそれのあるもの
(2) 著しく青少年の粗暴性若しくは残虐性を助長し、又は著しく青少年の犯罪を誘発し、青少年の健全な育成を阻害するおそれのあるもの
2 前項の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する図書類は、青少年に有害な図書類とする。
(1) 書籍、雑誌その他の印刷物であって、全裸、半裸若しくはこれらに近い状態での卑わいな姿態又は性交若しくはこれに類する性行為(以下この項において「卑わいな姿態等」という。)を描写した絵又は被写体とした写真で規則で定めるものを掲載するページ(表紙を含む。以下この号において同じ。)の数が10ページ以上又は総ページ数の5分の1以上であるもの
(2) 卑わいな姿態等を描写した絵又は被写体とした写真で規則で定めるもの(印刷されたものを含む。)
(3) 映画フィルム、録画テープ、録画盤、フロッピーディスク、シー・ディー・ロムその他の映像が記録されているもので機器を使用して当該映像が再生されるものであって、卑わいな姿態等を描写した場面で規則で定めるものが合わせて3分以上であるもの
(4) フロッピーディスク、シー・ディー・ロムその他の映像が記録されているもので機器を使用して当該映像が再生されるものであって、卑わいな姿態等を描写した場面で規則で定めるものの数が10場面以上又は総場面数の5分の1以上であるもの
(5) 図書類の内容についての審査を行う団体で知事が指定するものが青少年に販売し、見せ、聴かせ、又は読ませることが不適当であると認めた図書類であって、当該団体が定める方法によりその旨が表示されているもの

第11条は知事による個別指定、第11条の2の(1)~(4)に相当する部分が包括指定の条文になります((5)は団体指定に相当)
包括指定の特徴として、まずいきなり第11条の知事による個別指定に関係なく指定される旨が書かれていることが挙げられます。条件を満たせば知事の指定すら不要で「有害図書」となるわけです。
で、その条件ですが要約すると以下のようになります

(i) 図書・雑誌で卑猥なページが全体で10ページ以上
(ii) 図書・雑誌で卑猥なページが総ページ数の5分の1以上
(iii) 映像で卑猥なシーンが合計3分以上
(iv) 映像で卑猥な場面が10場面以上
(v) 映像で卑猥な場面が総場面数の5分の1以上

こうして並べてみると包括指定の対象は他に有害な要素があるにも関わらず、卑猥な部分(性表現)で、絵と写真のみが対象になっていることがわかります。

そして包括指定に引っかかった場合、これは自動的に行われるため図書や映像自体にはそれがわかる表示も個別指定のような公示も行われません。実際に読んでみても、どの部分までを自治体が「卑猥」とするのかわからないので確かめることすら困難です。それでも販売店はこの条件を満たす図書・映像は有害図書として区分陳列しなければなりません。

この辺、販売店はどう判断しているのかよくわかりませんが、おそらくほとんどの場合は出版側の自主規制で抑えられているのではないかと思われる一方、実際に行政側が違反を見つけて摘発する場合だけにしか発動しないという極めて恣意的な適用をしているのではないかという疑念も浮かんできます。

包括指定はどの道府県で採用されているのか?

東京都と青少年健全育成条例を持たない長野県を除く全道府県が包括指定を採用しています。

当然のことながら各道府県で有害図書に指定する条件は異なります。

各都道府県の個別・包括・団体指定一覧(2012年8月24日調べ)

都道府県 条例
最新
改正
個別指定 包括指定 団体指定
有無 有無 基準 有無
図書(静止画) 動画
北海道 H21.3.31 総ページの3分の1以上 連続して3分を超える
合わせて5分を超える
青森県 H20.10.17 総ページの3分の1以上 総場面数の3分の1以上
合わせて3分以上
 
秋田県 H21.5.29 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が20を超える
岩手県 H19.12.18 10ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分を超える
総場面数の10分の1以上
 
山形県 H22.3.19 20ぺージ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
宮城県 H22.3.24 総ページの5分の1以上 連続して3分を超える【訂正】
福島県 H19.3.20 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
連続で3分を超える
茨城県 H21.10.29 20ページ以上
総ページの5分の1以上
絵または写真
合わせて3分を超える  
栃木県 H18.10.13 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
群馬県 H23.3.16 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える  
埼玉県 H22.3.30 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分以上
場面数が20以上
 
東京都 H22.12.22 ×
※2
千葉県 H23.12.27 20ページ以上
総ページの5分の1以上
写真
合わせて3分を超える
連続で3分を超える
 
神奈川県 H22.10.22 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分以上
場面数が20以上


【追記】

山梨県 H22.2.1 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える  
長野県 なし
新潟県 H23.12.28 20ページ以上
総ページの5分の1以上
絵または写真
連続して3分を超える
合わせて5分を超える
総場面数の5分の1以上
 
富山県 H19.9.28 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が20以上
 
石川県 H24.3.26 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が10以上
総場面数の10分の1以上
静岡県 H22.12.22 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える  
愛知県 H22.12.27 20ページ以上
総ページの10分の1以上
連続して3分を超える
合わせて5分を超える
岐阜県 H19.3.20 10ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が10以上
総場面数の10分の1以上
 
三重県 H19.12.26 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える  
滋賀県 H20.3.28 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分以上
場面数が20以上
 
福井県 H20.3.25 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて5分以上  
京都府 H22.10.19 総ページの3分の1以上
写真
合わせて3分以上
奈良県 H19.11.16 10ページ以上
総ページの10分の1以上
写真
合わせて3分以上
場面数が10以上
 
和歌山県 H22.9.30 総ページの5分の1以上 合わせて3分を超える  
大阪府 H23.3.22 10ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分を超える
兵庫県 H23.10.7 20ページ以上
総ページの5分の1以上
(施行規則で規定)
合わせて3分以上
鳥取県 H23.3.18 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が10以上
島根県 H22.12.24 総ページの3分の1以上 合わせて5分を超える
総場面数の3分の1以上
岡山県 H23.3.16 20ページ以上
総ページの5分の1以上
写真
合わせて3分を超える
場面数が20以上
広島県 H19.10.11 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える  
山口県 H24.3.21 10ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が10以上
 
香川県 H23.12.20 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
徳島県 H22.12.22 10ページ以上
総ページの5分の1以上
絵または写真
合わせて3分を超える
総場面数の5分の1以上
愛媛県 H18.3.24 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
連続して3分を超える
 
高知県 H21.3.27 10ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分以上
場面数が10以上
総場面数の5分の1以上
福岡県 H24.3.25 20ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分以上
場面数が20以上
佐賀県 H22.3.25 10ページ以上
総ページの10分の1以上
連続して3分を超える
合わせて5分を超える
長崎県 H23.12.27 総ページの3分の1以上 合わせて3分を超える
大分県 H23.12.27 30ページ以上
総ページの3分の1以上
連続して3分を超える
合わせて10分を超える
総場面数の3分の1以上

※2
宮崎県 H19.7.4 総ページの3分の1以上 合わせて3分を超える
総場面数の3分の1以上
熊本県 H19.3.16 20ページ以上
総ページの10分の1以上
合わせて3分を超える
鹿児島県 H19.3.20 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える
場面数が20以上
総場面数の5分の1以上
沖縄県 H23.3.31 20ページ以上
総ページの5分の1以上
合わせて3分を超える

※1 東京都の団体指定は個別指定の項目を明示したうえで自主規制団体に対して自主規制の努力義務を課している。
※2 大分県の団体指定は直接的ではなく審査して自主規制を行うものについて「表示するように努めなければならない」という努力義務を課すだけになっている。
※1,2 どちらも有害図書であることを表示することを課したもので、表示した図書を直接有害・不健全図書に指定したものではない。ただし東京都の場合はそれらを改めて区分陳列することを課しており周到さがうかがえる。

図書・雑誌の条件(右・下が厳しい)

  ページ数制限なし 30ページ以上 20ページ以上 10ページ以上
総ページ割合なし 東京(包括なし)      
3分の1以上 北海道・青森・京都・島根・長崎・宮崎 大分    
5分の1以上 宮城・和歌山   秋田・山形・福島・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・山梨・新潟・富山・石川・静岡・三重・滋賀・福井・兵庫・鳥取・岡山・広島・香川・愛媛・鹿児島・沖縄 徳島・高知
10分の1以上     愛知・熊本 岩手・岐阜・奈良・大阪・山口・佐賀

映像の条件(右・下が厳しい)

  時間制限なし 5分 3分
場面数制限なし 東京(包括なし) 福井 北海道・青森・山形・宮城・福島・茨城・栃木・群馬・千葉・山梨・静岡・愛知・三重・京都・和歌山・大阪・兵庫・広島・香川・愛媛・佐賀・長崎・熊本・沖縄
場面数20     秋田・埼玉・神奈川・富山・滋賀・岡山・福岡
場面数10     奈良・鳥取・山口
場面数1/3   島根 大分・宮崎
場面数1/5     新潟・徳島
場面数1/10     岩手
場面数10または1/5     高知・鹿児島
場面数10または1/10     石川・岐阜

※時間制限における 「合わせて」「連続」は小さい方を採用し、「以上」「を超える」は無視。

東京都はなぜ包括指定を採用しないのか?

東京都は大手出版社はもちろん日本の出版社の9割以上があるという出版社の力が強い土地という面がありますが、東京都で包括指定を採用すると、出版社はその出版活動を東京都の包括指定の条件に拘束されてしまうという出版の自由の制限に相当する大きなものになってしまうというのが一番大きいと思います。これは(少なくとも日本国内の)地域によって表現を変えるような柔軟な出版が現実的ではないのはもちろん、出版の時点で条件に拘束されてしまうのは事実上の検閲になるのではないかという指摘がすでにされているからです。よってこれはこれまでの東京都の態度と同様に「出版社が勝手にやったこと」というにはかなり分が悪く、現在はもちろん今後も採用はされないのではと思っています。

ただ当然他の県に所在する出版社は最初からこの拘束を受けて出版しているわけで、その意味では自由な出版ができていないということになります。その場合でも包括指定ではほとんどが卑猥な絵や写真を対象にしており、活字やごく一般的な写真を使用した出版は問題なくできているわけですが、某県のように「まんが県」とか言い出して地元の漫画誌を立ち上げようとするとこういう拘束が一気に発動することになるわけです。
もう一つ、包括指定のある地方で行われる同人誌即売会などもこういう拘束を受けているはずなのですが、おそらく販売ではなく頒布になるので対象にはなっていないのかと思います。この辺は同人誌即売会に詳しい方に伺ってみないことには……。

最近になって都道府県ではなく全国で統一的な基準を設けようという「青少年健全育成基本法」なるものも検討されましたが、これも同様の理由で個別指定が限界で、包括指定は現実的ではないと思われます。
ただ今の政府や国会が尋常でないと言われているだけに、予断は許されませんが。

参考文献

包括指定
http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/terms/hokatsu.htm

青少年保護育成条例 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E8%82%B2%E6%88%90%E6%9D%A1%E4%BE%8B

青少年有害社会環境対策基本法案 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4%E6%9C%89%E5%AE%B3%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%92%B0%E5%A2%83%E5%AF%BE%E7%AD%96%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95%E6%A1%88

他、各都道府県の例規集など

追記集

①③は追記・訂正しました。②については実際いろいろあったんですが、ここでは表にしていくのが面倒なので割愛しています。
結構特殊なものを指定に組み込んでいたりする場合もあって、別のエントリにすることがあるかもしれません。

ええまぁ当時から見てたんで知ってます。
その反対の根拠、そして採用できなかった根拠がたぶんこれだということです。包括指定の問題点は数ありますが、東京都が採用できない(してはならない)根拠としては適当だと思っています。


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